残酷でいてPOP。芸人仲間、ポピーとケモノ2人(匹?)によるシュールで楽しいやりとりを描いたCGアニメ『POPEE th ぱフォーマー』で知られる増田龍治監督。しかし、大阪芸術大学・映像学科出身の彼は、アニメとは接点もない学生時代を過ごしていた。

−増田さんのは昔からアニメが好きだったんですよね

「いえいえ、アニメは一切興味がなかったです。大阪芸術大学時代は、実写映画を撮っていました。当時は庵野(秀明)さんや山賀(博之)さんが活躍されていたダイコンフィルムの影響もあって、アニメも注目されてはいましたが、やはり実写映画をやっている人が多かったですね。それでもどこもかしこも男ばっかりでしたよ。アート系というよりは、現場・活動屋といった感じの人が多かったです」

−どんな作品を撮られていたんですか

「高校の頃は現実・非現実の狭間をすくい取るという感じの脚本を書いていたんですけど、ダイゲイに入って、先輩の強烈な作品をいくつか見せられて、これはスゴイなと。あと、やっぱり関西はウケてナンボのノリがあって、僕も徐々に感化されていきました。そういう先輩や友人たちに、脚本を持っていって、面白がってくれたりするじゃないですか。そうすると単純に嬉しいのでもっと喜んでもらおうって気になってどんどん笑いの要素が増えていくんですよ。“現実・非現実の狭間”という根本は変わらないんですけど、ノリというかテイストに“お笑い”の要素を加味していったっていう」

−そういう友人たちの影響が大きかったんですね

「そうですね。あと、よく彼らとは映画について討論しました。仲間たちとは、ときには喧嘩腰になったりしましたが、討論しあうことで映画をいろんな角度から分析していたんだと思います。あれけだけ映画について話した4年間は、後にも先にもないですから」


−それだけ実写映画に没頭していた増田さんが何ゆえCGアニメを手掛けることになったんですか

「それが話せば長くなるんですけど、いいですか?(笑) 実は僕の卒業制作作品が学校で賞をいただいたんですよ。それに就職先も決まりかけ、なかなか前途は明るかったんですけど、なぜか海外に突然、行きたくなってバンクーバーへ。そこで映画の仕事はなにかないかなぁと就職活動とかしていたら、映画の美術の仕事ならあるよと声をかけてくれる人がいて。でも、そこでも何か違うと思ったんですね。演出にこだわりたかったんです。それで日本に帰ってきて、東京でも就職活動をしていて、『あらいぐまラスカル』の監督をされた遠藤政治さんに出会い、「君はアニメ向きだよ」っていわれて、アニメ向きってなんなんだ?って思ってようやく就職したんです」

−そこでようやくアニメと出会ったと

「ただ、その会社も結局は辞めちゃうんですけどね。いろいろ企画を作ってたんですけど、なかなかまとまらなくて。そうこうしているうちにスピルバーグの『ジュラシック・パーク』が公開され、あのCG映像にモーレツなショックを受けたんです。ちょうどその頃、PSなどのゲームがCGに移行しかけていた時期で、じゃあゲーム会社に行かねばって思ったんですよ」

−次にCGと出会うことになったんですね

「その会社のCG部門のクリエーターの方について見習いのような感じだったのかもしれませんけど、そのときに、あれ?これはアニメーションでもいけるのでは?って思ったんです。CGでアニメをやりましょうってひとりで叫んでいたら、今度は『トイ・ストーリー』がやってきて、僕の話に説得力が増してきてたんです。そこである番組で、5分枠があるけど、なにかやってみない?って話が僕のところに来たんですね。ただし、お金は本当に本当に無いよって何度も念をおされて(笑)。それが『POPEE the ぱフォーマー』だったわけです」

−初めて本格的に手がけられたのが『POPEE the ぱフォーマー』だったんですか

「実はそうなんですよ。実写(映画)をやった、アニメーションもやった、CGゲームもやった、で、CGアニメーションにたどり着いたんです。僕としてはその流れは自然だったんですけど、当時はそれほど簡単ではなかったのかもしれませんね。アニメはやはり手書きでなければというこだわりがあったみたいですし、CGの世界も同様でした」


−それまでにやってきたことを活かすことが出来たんじゃないですか

「アニメはカメラワークをもっと自在にすればいいのにと思っていたんですよ。でも、上から撮るなり、俯瞰や引きで押さえるような画を作ろうとすると背景の画も全て書かなければいけない。なるほど、それは大変だと。でも、CGだったら実写も取り込める。それにアニメならではのデフォルメも活かせる。CGアニメというのは、両方の特性が活かせるな、と。おいしいところ取りっていうと語弊があるかもしれないですけど、僕のなかでは必然的な表現方法だったのかもしれませんね」

−『POPEE the ぱフォーマー』の苦労話を聞かせてください

「まず予算がない! これは本当に大前提でしたね。例えば、声優を雇えないので、登場人物たちのコミュニケーションはジェスチャーにしょうとか。無理なことは無理とあきらめて、その分、演出はとことん丁寧にやってやろうって思っていました。完成した第1話をクライアントに見せたところ、無反応でしたね。でも、低予算だったからある程度は許してくれたのかもしれません。こちらも低予算なんだから、文句は言わせないぞと思って開き直って作ってました(笑)」

−そういう困難に立ち向かうのは苦だと思うんですけど、CGアニメに賭けようという意気込みとかあったからやり遂げられたのですか

「どうなんでしょうね、そこまで深く考えてなかったのかも(笑)。かなり制限された中でのネタ出し、アイデア出しは大変ではありましたが、よーしやってやろうって逆に思っちゃうほうなんで。でも、そのあたりの“低予算+アイデア+根性”でやりきるっていうのは学生時代と同じなんですよね。ダイゲイ時代も撮影でロケ地に行ったら雨で撮影できない、とかザラにあって、雨でもいけるようにするために脚本を直したり、撮影順を再考したり、編集でがんばればなんとかなりそうだとか、素早く、深く計算して、決断して、実行するんですよ。フィルムも時間もお金も全て、余裕が無いのが当たり前のダイゲイ時代ですから。
  最近は、初心に戻ろうと思って、あえて制限を設けるようにしているぐらいです。自由はダメで、縛りがないとイカンなぁと。困難がきて、どう乗り越えていくのか、そういうのにドキドキして燃えてしまう」

−意外なところでダイゲイ魂が発揮されてますね。作風のほうもブラックで十分ダイゲイっぽいと思うんですけど

「“現実と非現実の狭間”という僕のベース、それに関西風のお笑いの要素っていうダイゲイらしさ、アニメ、CG、『POPEE the ぱフォーマー』は、見事に僕の歴史が反映されていますね。でも、それが僕の持ち味だし、当たり前といえば当たり前なんですけど」
 

68年熊本県出身。京都造形大学キャラクターデザイン学科長。低予算で作成した『POPEE the ぱフォーマー』は予想外の人気を得、1シーズンの予定を延長して制作されることに。また、ネット上でDVD化を希望する声が殺到し、リリースが急遽決定、12万枚のセールスを記録する。代表作は『ガラクタ通りのステイン』『Funny Pets』ほか




『POPEE the ぱフォーマー』
DVD-BOX/\9,975(税込)/発売中/販売元:コロンビアミュージック

(C) ZUIYO/kids station/columbia music entertainment,inc


『Funny Pets』
DVD-BOX/発売中/販売元:レントラックジャパン

(C) RYUJI MASUDA/Funny Pets Project







 








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