美少女、夏帆主演の青春映画『天然コケッコー』が公開される山下敦弘監督。「自分はいたって普通だった」らしい彼は、大阪芸術大学(以下ダイゲイ)入学早々、強烈なカルチャーショックを受けたそうだ。

−入学当時の印象を教えてもらえますか?

「とにかくファッションが奇抜でした。ランドセルを背負っている女の子がいたり、下駄を履いて髭はボーボーで汚いカッコの男がいたり、なんだコレは!? 自分もこういうカッコをしないといけないのかなぁ、と戸惑い半分、でも、喜び半分だったりしたのを覚えています。何もかも新鮮でしたね。他の学部の友達でも、音楽やってたり、演劇やってたり、ことそういうカルチャーの面でいろんな刺激を受けました。そうこうしているうちに自分もいつのまにかダイゲイっぽい服装になってるんですよ」

−そういう服装は、どういったところで手に入れてたんですか?

「同期の柴田剛君や向井康介君らと、新世界の高架下の露店や四天王寺の朝市とかにいって、一品均一ナン百円とかで売っている古着を買ってました。ドカジャンとかボロボロのシャツとか。「こんなの手に入れたよ」「それいいね」とか。でも、ぜんぜん内輪の話で、たぶんそこだけで通じるセンス。ダイゲイだけの価値観が確かに存在していたと思います。なんなんでしょうね、あのときはそれが本当にイイって思ってたんですから」


大学の寮(平和寮)に入った山下監督が、熊切和嘉監督と運命的な出会いを果たす。が、熊切監督は彼が入寮後、なぜか、なかなか出会えなかった、不思議な人だったという。

−熊切監督との出会いを教えていただけますか

「平和寮に入って1、2週間、なぜか熊切さんとは会えなかったんですよ。ただ、部屋のドアにはポスターやチラシがぎっしりと貼ってあって、あーこの人映画好きなんだなぁ、会ってみたいなぁという思いはずっとありました。で、夜中に酔っ払った熊切さんと、『鬼畜大宴会』の製作をやっていた財前(智宏)さんが酔っ払ってやってきて、「映画好きなんだって?」って絡んできて。僕のビデオ棚に『レイジング・ブル』があるのを見つけて、オオーって一緒に盛り上がってくれたんです。そうこうするうちに『鬼畜〜』手伝ってよって話しになって、いつの間にか撮影に参加してました』

−撮影現場はどんな感じだったんですか

「すごくテンションが高かったですね。私刑(リンチ)シーンとかで俳優さんがリアルな感じで殴られていて、本気で嫌がっていて、それを撮っていたりする。すごい場所にオレはいるんだなぁって興奮してるんですよね。熊切さんのオーラがすごくて、役者もスタッフものせられて、なんでもやっちゃうみたいな感じ。熊切さんがいるだけで楽しかったですね。当時の自分を『鬼畜〜』のときのメイキングで見る機会があるんですけど……ちょっと調子に乗ってて恥ずかしいです」


熊切和嘉(監督)卒業後は、同学年代・後輩を引っ張っていくような存在でもなく、撮影に没頭していた山下監督。自身の学生時代の作風から卒業後、東京進出への流れを語ってもらった。

−ご自身の大学時代はどんな作品を撮ってたんですか


「ダイゲイというところは、目立つことが一番、みたいな風潮があるんですよ。それは監督であってもいいし、バンドでもいいし、食堂でヘンなことしてもいいし。僕はとにかく観客を引かせるような作品を撮ってました。『腐る女』というゾンビものを撮ったときも、いかに不快な気持ちにさせられるかとか考えて撮ってましたから。そういうヘンな気負いみたいなのが学生時代にはあったんですよ」

−卒業後、東京に上京されるまで数年ありましたが、何をしてたんですか

「ダイゲイのまわりをフラフラしてました。構内にも入って、先生としゃべったり、編集室覗きにいったりして。映画は撮ってましたけど、バイトやりながら。ただ、自分の周りのやつらがみんな東京に出でいって、気づいたときにはオレしか残っていなかった。で、慌てて上京したという」

−東京での生活は慣れましたか

「どうなんでしょうね、もうちょっと若い頃に出てくれば良かったかも。いろいろたまってくるので、疲れるし、酒の量は増えるし(笑)。でも、映画を撮るということにおいては、断然、東京のほうが機会が多いので。大阪にいる間は、映画をたま〜に撮ってる青年って感じで許されたんですけど、こっちに来た段階でみんな僕のことを“映画監督”としてしか見ない。逃げ場がないというか言い訳できない状況に追い込まれたのか、追い込んだのか、わからないですけど。大阪の方がいまだに居心地はいいんですけどねぇ」

−いま東京でご活躍されていますが、大阪芸術大学にいってよかったですか

「それは間違いないですね。もし、僕が最初から東京に来ていたら、監督をやっていたのかどうかはわからないです。ダイゲイという、日本中から尖ったやつらが集まるところで、目だてば一番、みたいな関西の気質もミックスされて、いまの自分があるような気がします。じゃあ、あの頃に戻りたいかっていうとイヤなんですけどね(笑)」

−OBのみなさんで時々会ったりしてるんですか

「なんかの映画祭のパーティとかで、参加している誰かが「来いよ」ってケータイで召集かけてくれて、そこで久しぶりの仲間と会ったりして。なんだかんだいってもあの頃の友人たちは今も同じような業界で仕事をしているので、会ったり、情報交換したりしています。会うとあの当時のノリに戻って本当くだらない話してますけど」
 

76年愛知県出身。長編処女作『 どんてん生活』(99)で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2000 オフシアターコンペディションのグランプリを受賞。海外の映画祭にも出品し、高い評価を受ける。代表作は『ばかのハコ船』(02)『リアリズムの宿』(03)『くりいむレモン』(04)『リンダ リンダ リンダ』(05)『松ヶ根乱射事件』(06年)『ユメ十夜』(07)ほか


『天然コケッコー』
7/28(土)よりシネスイッチ銀座、渋谷シネ・アミューズ、新宿武蔵野館にて全国順次ロードショー
(C) 2007「天然コケッコー』製作委員会

公式サイト:http://www.tenkoke.com/




「熊切さんは○○○っす」
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「映画目指してる青年、がんばってね」
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「ウド・キアーとダイゲイのメンバーだけ」
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